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第3回 齋藤優斗さん(小樽市消防署手宮支署)

北照高OB・OGに高校時代と今、未来を聞くインタビュー「やりきれ!北照!」。第3回は、2025年4月から小樽市消防署手宮支署で消防士として勤務する齋藤優斗さんです。新型コロナウィルスが猛威を振るう中で野球部主将を勤めた高校時代と、現在、今後の目標について聞きました。

―北照に入学した理由は

齋藤さん 中学時代のチームの監督に、北海道外の高校も含めて多くのチームを紹介していただきましたが、最終的には地元の(野球)強豪校ということで入学を決めました。上林(弘樹)監督から熱心に誘われたことも理由の1つです。小学生の時に所属していたチームは監督の息子さんと同じでしたし、「これ(入学するの)も縁かな」と感じました。おそらく監督には、バッティングの部分を評価していただいたと思います。

―北照高校で学んだことは

齋藤さん 〝応援されるチームを作る〟という目標を持って、多くの人と関わっていく中で、挨拶や礼儀の大切さを学び、人間関係を作る力が身につきました。そのことは、消防士として勤務先の上司や先輩、同期などと関わっていく中でも大きな力になっています。また、常に次の行動を考えて動いたり、何かある前に、前もって準備したりといった部分は、間違いなく北照の野球部で学んだことです。どこの高校よりも練習ができますし、野球部で学ぶ知識や姿勢は、野球以外の面でも力になります。学校全体としても、先生と生徒の距離が近いですし、高校の中で学んだことは、人生の中で、ものすごく力になってくると思います。印象に残っているのは、(野球部長の)大河(恭平)先生の授業。謎解きのようなイベントは楽しかったですね。

―コロナ下で主将を務めた

齋藤さん 当時は、野球部の歴史の中でも一番多い、部員が100人近くもいる時期で、しかも(頼り甲斐のある)先輩キャプテンの姿を見ていて、「自分には荷が重い」という思いはありました。実際、(レギュラー)メンバーを守るのも、部員全員の意識を一つにするのも楽ではありませんでした。新型コロナウイルスの感染が広まってきた時には、寮生と通学生に分かれて練習して、連絡を取り合いながらお互いの状況を確認した時期もありました。3年連続の夏の甲子園出場もかかっていましたし、「中止が決定するまでは、(甲子園が)あると信じて練習するしかない」と思ってトレーニングを続けました。


―開催中止が決まった時の思いは

齋藤さん 決まった時は、実感がないと言いますか、何も考えられなくなりました。上林監督から「記録には残らないけれど、誰かの記憶に残るチームであってほしい」という言葉があり、独自大会に向けて、これまでと変わらず練習を続けました。ただ、独自大会は3年生だけで戦うことになり、2年生にうまい選手が多いチームでもあったので、紅白戦で下級生に負けるような、弱いチーム編成になってしまいました。公式戦に出場したことのない選手も多く、弱くて、バラバラ。そんなチームでしたが、(独自)大会が迫ると意識が変わり、まとまり出しました。最後は、粘り強い、雰囲気のあるチームにはなったかなと思います。


―監督の言われた「記憶に残るチーム」にはなりましたか?

齋藤さん 3年生だけで(独自大会に)出ると決まった時点で、 3年生だけのミーティングが増え、それまであまり話せていなかった同級生も「勝つために(戦う)」という思いに変わり、お互いに強く言い合う場面が増えました。結果的に独自大会は南北海道大会の初戦で負けてしまいましたが、3年生だけで出場した貴重な大会になりましたし、自分たちの必死なプレーが、誰かの記憶に残っていると信じたいですね。

―消防士を職業に選んだきっかけは?

齋藤さん 小学生の時の職場体験で消防士の訓練を見て『かっこいい』と憧れたことがありました。大学には、もちろんプロ野球選手になる夢を持って進学しましたが、3年生の秋ごろ、現実的に社会に出るという時になって思い浮かんだのが、消防士でした。「誰かを助けられるような存在になりたい」という思いもあって、受験を決めました。(公務員試験の)勉強を始めたのは、年明けの1月ごろからだったと思います。地元(小樽)に戻りたい気持ちは強くありました。

―消防士になってまもなく1年

齋藤さん 出動の機会は何度もありましたが、本格的な火災での出動はこれまでで3回ぐらいです。現場では、実際に火が燃えるのを見て、緊張感や圧迫感を感じることもあります。アドレナリンが出ているので「熱い!」ということはありませんし、特に今は怖さもありません。消火活動が終わった後に、「助けてくれてありがとうございます」「今は元気にやっています」といった手紙が届いた時や、その場で感謝の言葉をいただいた時はうれしいですね。

―将来はどんな消防士に

齋藤さん 経験を積んで、救助隊(レスキュー隊)として働けるようになりたいと思っています。小樽の中でもトップクラスの技術を持つ救助隊になることが目標です。火災でも水難でも、雪害でも、基本的に救助隊は全ての現場に出動できます。火事の現場で真っ先に火の中に入っていくのも、救助隊がメーンです。今はまだ現場の数も少ないので、わからないところも多いですが、がむしゃらに頑張って、多くの人命を救える救助隊になりたいです。

【プロフィール】
2002年10月13日、小樽市生まれ。小樽入船小低学年の頃に、入船フェニックスで野球を始めた。小6の時の小樽選抜VS後志選抜のオールスターでMVPを獲得。小樽菁園(せいえん)中時代は小樽シニアで全国大会出場。北照高では2年夏の甲子園に3番レフトで出場。2年秋の小樽支部大会後から主将を務めた。3年夏は新型コロナウイルス感染症拡大のため、独自大会に出場も初戦敗退。仙台大を卒業後、小樽消防に入職。168センチ、65キロ。

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